We can go (1)

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 背後で男が起き上がる気配に、彼女は目を開いた。

 行くつもりなのだ。解っていたが、振り返らなかった。
 一昨日のニュースで、この西の都の北東方向にある半島の村落に人造人間が現れたと報じられていた。彼は常に、戦況を把握し、動くべき時を掴むまでは動かない。目の前で何が起きていようとも、彼のその種の判断には間違いが無く、揺らぎもなかった。だが今度ばかりは、いくら機を計ったところで有利になろうとは思えない。彼が動き始めたということは、生き残った彼らが―クリリン、そして悟飯が、動き始めたのか、あるいは既に死んだのか。
 彼女はそこまで考えて、自分がぞっと総毛立つのを感じた。彼らが死に絶え、この男が死ねば、残るは自分と、まだ歩くのさえ覚束ない赤ん坊だけになる。
 この男が―
 死ぬだろう。今度こそ、確実に。だが彼女は、自分がどこかでそれを待っているような気がしていた。



 孫悟空が病を得てあっけなく他界した。
 もう三年以上になる。良くも悪くも、彼は常に仲間たちの運命の回転軸であり続けた男だった。その彼を失うことは、誰にとっても大きすぎる出来事だと言えた。あいつが病気で死ぬなんて。その死の理由は、彼らの衝撃をより大きくした。
 なかでも、ベジータの被った痛手は大きかった。
 悟空は、かつても今も、最も彼の心を占める人物であった。彼の生きるよすがであった誇りを、傷つけた男。彼が、最も憎んだ男。最も、欲した男。そしてこの世に残った、ただ一人の純粋な同族。悟空の死は、彼の心の大部分を、殺した。

 ブルマがベジータとこういった関係に至ったことに、特に理由は無かった。
 ものの弾みというところだ。だが敢えて理由を探すならば、この死にそれを原因付けることが出来るかもしれない。
 プライドの高い男なのでそれを見せようとはしないが、彼女には彼の喪失の痛手が見えてしまった。その、正視するのが辛いほどの空虚。彼女は自分でもなんだか分からないうちに、彼を腕の中に抱いていた。そこならば自分の目には入らないと思ったのかもしれなかった。
 しかし、彼女にとっては「つい何となく」の、彼にとっては不本意極まりないだろうこの関係は、現在まで継続している。彼が聞けば鼻で笑うだろうが、彼女の身体のあたたかさは、それに溺れている間だけでも彼を癒したかもしれなかった。
 こうなった後も、彼らは顔を合わせれば相手を罵倒し、ほとんど掴み合いになりそうな喧嘩を繰り広げ、周りをハラハラさせ通しだった。だが夜になると、あたりまえのようにどちらかが相手のベッドに滑り込む。そんな日々の中、彼女は妊娠した。

 彼女はそれを知ったとき、不思議なことに嬉しいと感じた。男はふんと鼻を鳴らしただけだった。産み落とした子には尾が生えていて、当たり前なのだが、この男の子供なのだと実感した。男児だった。トランクスと名付けた。
「変な名前だ」
 それが男の漏らした感想のすべてだった。髪や目の色は彼女と同じだったが、顔貌は彼に良く似ている。赤ん坊なのにちょっと目付きが悪いのが気になったが、父親に似るのならさほど容姿も悪くないのだろうと彼女は安堵した。


 その半年ほど後に、悪夢がやってきた。

 かつて孫悟空が壊滅させたレッドリボン軍。その生き残りの科学者が孫悟空を殺す為に造り出した二体の人造人間が、産みの親の科学者を殺して暴走を始めたのだ。美しい男女の姿をしたその一対によって、世界は出口の見えない絶望の中に突き落とされた。



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